ヘンゼルとグレーテル #1(STORY)
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 ドイツ公国のその年の飢饉は凄まじいものだった。
 日照りが続き、作物は育たず、人も家畜も誰しもが飢えていた。道端には行き倒れた人々の死骸が点々と転がり、そこら中に肉の腐る嫌なにおいをふりまいていた。毎日降り注ぐ太陽の熱い光で、屍肉は発酵を促進され、肉にたかる蠅だけがブンブンと元気に飛び回っていた。
 いつの時代も同じように、飢饉の最初の犠牲者は老人と、子供達だった。体力のない老人はバタバタとまっ先に倒れ、ミルクのあてがいのない赤ん坊は母親の腕の中で、泣き声もあげずに死んでいった。
 街は飢えた浮浪児で溢れ、親元にいる子供達も、運の良い場合は遠国の領主や売春宿に売られていったが、思いあまった両親から口減らしのために"間引き"されることも珍しい事ではなかった。
 子供も大人も家畜でさえも、生きのびるために皆がギラギラした目で食べ物を求めていた。

 とある村の、森のはずれに住むきこりの一家にも飢饉は等しく襲いかかっていた。
 戸棚にはひとつぶの麦もなく、猫の額ほどの自家農園に来年蒔くはずの種イモや種麦ですら食べ尽くしていた。一家は森に入り、山菜や木の実を取って生活をしのいでいたが、それとて一家四人...きこりの亭主とおかみさん、ヘンゼルとグレーテルの兄妹二人...の口を満たすには十分ではなかった。
「あんた、もうそろそろ潮時なんじゃないのかい。これ以上あの子達を喰わせる事は出来ない。かわいそうだけれど、今度森に入った時に、子供達は置いていこう」
 ある夜、子供達が寝静まった後におかみさんが、森で採取した枯れ草で糸を紡ぎながら亭主に話しかけた。「このままだと一家心中になっちまうよ」
 このおかみさんはまだ若く、きこりの亭主の前の妻が亡くなったあとに嫁いできた、後妻だった。子供達は前妻の残した"忘れ形見"であったが、亭主は彼女にとても惚れていたし、彼女に逆らうのも怖かった。
「そ、そうだな...、じゃぁ今度森に入った時に、子供達は置いてこよう。森は深いし、夜になれば狼が子供達を喰ってしまうだろう」
 伏目がちに、ぼそぼそと亭主がつぶやいた。

 ヘンゼルは薄く開けられた扉ごしに、夫婦の会話を盗み聞いていた。
 なんと恐ろしいこと!ヘンゼルは身がすくみ、ガクガクと足が震えるのを感じた。なんとかしなくては。
 しばらくじっと考えたあと、ヘンゼルは夫婦に気付かれないように裏口の扉をあけて外へ出て、手ごろな大きさの白い石をポケットいっぱいにかき集めた。
 ポケットがずっしりと石で重くなると、ヘンゼルは満足して部屋に戻り、すやすやと寝息をたてている妹グレーテルの眠るベットに潜り込んだ。

 次の日、両親はヘンゼルとグレーテルを連れて、森の奥深くへと分け入っていった。両親はわざと細いけもの道を選んで歩いたが、ヘンゼルは列の一番後ろから注意深く、みつからないようにポケットから白い石をぽたり、ぽたりと落としていった。
 森の中心に着くと、両親はたき火をおこして彼等を座らせ、木の実や山菜を取ってくる間、ここで待って居なさいと言い残して立ち去った。
 夜になっても両親が戻ってこなかったので、兄妹はヘンゼルが落とした白い石を頼りに家に戻っていった。白い石は、ぴかぴかと月の光を反射してよく光ったので、ヘンゼルとグレーテルは迷う事なく、まっすぐに家に辿り着く事ができた。けもの道をとぼとぼと歩き、家に辿り着いて扉を叩くと、両親は黙って二人を迎え入れた。

 数日後、両親はまたもや彼等を森に置いていく相談をしていた。
 ヘンゼルは今回も勘よくそれを察し、目印となる白い石をポケットいっぱいに集めるために、裏口からこっそりと抜け出ようとしたが今回はそれは適わなかった。ヘンゼルの行動に気がついたおかみさんが、扉に外からしっかりと鍵をかけてしまったせいである。ヘンゼルは困惑したままベッドに戻り、眠りについた。他に策は何も思い付かなかった。


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※この文章及びイラストは「グリム童話」を下敷きに作成しておりますがフィクションです。
登場する人物、団体は架空のものであり、実在する人物、団体、出来事とは一切関係ありません。
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