ユディト(STORY)
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 ベツレムの街はアッシリア軍勢に完全に包囲されていた。街をぐるりと一周する城壁越しに、アッシリアの兵達のざわめきや馬のいななき、突撃を逸る兵士達の興奮した足踏みなどが聞こえてくる。陥落は時間の問題であることは火を見るより明らかだった。ベツレムの街の住人たちは各々の家の門を固く閉ざし、恐怖におののいていた。
 アッシリア兵は皆一様に顎鬚を伸ばし、しなやかな茶褐色の筋肉を持つ力強い風貌をしていた。彼等は常に残虐な殺戮者であり、優秀な兵士だった。名立たる将軍フォロフェルネスの指揮のもとに、彼等はある日わずかな砂埃の予兆のあと、嵐のように素早くやってきたのである。予測できぬ程の突然の出来事だったためにベツレムのイスラエル軍は城の外で対峙することができず、あっというまに城の中に追い込まれてきた。イスラエル軍は彼等に対峙するにはあまりにも準備不足であり、あまりにも軍勢が弱すぎた。いまやイスラエルの兵士達は一部の歩哨を城壁の上に見張りに立たせるほかは、城の中央の広場で来るべき絶望的な決戦に備えるのみであった。

 ユディトは白くなめらかな肌に、琥珀色の情熱的な瞳をもつ美しい女だった。かつてはイスラエル軍中将ヨシュアの妻であったが、先の戦争で夫を亡くし今や未亡人だった。彼女はベツレムの他の住人達と同じように、戦争に敗れた非戦闘員がどのような扱いを受けるのかわかっていた。大抵は陵辱された上に殺されるか、運良く生かされたとしても奴隷となり誰かの所有物となるのである。ベツレムの街にも他の場所から連れてこられた奴隷が少なからずいたが、彼等は奴隷の証拠である烙印を背中に押され、過酷な労働の為に皆空ろな目をしていた。死んでもろくに埋葬もされず雇用主の奴隷帳簿から抹消されるだけの存在であった。
 ユディトは奴隷になるのも嫌だったし死ぬのも怖かった。このままの情勢だとアッシリア兵達に征服されてしまうのは明らかだったので、彼女はある決意を胸に控えめではあるが地味ではない、ビロード地のドレスを身につけると家中の貴金属を袋に詰め、夜半過ぎにひっそりとベツレムの城壁から抜け出した。





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※この文章及びイラストは「旧約聖書外伝」からイメージして作成しておりますがフィクションです。
登場する人物、団体は架空のものであり、実在する人物、団体、出来事とは一切関係ありません。
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