ユディト(STORY)
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 狼の遠吠えを聞きながら暗い林を抜け、ユディトは敵の陣営へとひた走っていった。アッシリア兵達の数は膨大で、そこかしこの草むらから兵達の野卑な叫び声が聞こえ、彼等の垂れ流す糞尿の匂いが満ちみちていた。ユディトは彼等に見つからないよう気をつけながら、まっすぐに将軍フォロフェルネスの座する中央の陣幕へと向かっていった。
 将軍とその側近はベツレムの城壁から 1マイルほどの、イスラエル商人の別荘を幕営としていた。この地が襲われた時、別荘の主人は自らの命を長らえる代わりに館を明け渡し、奴隷や羊を差し出す道を選んだのである。主は羊を屠り蔵の葡萄酒をあけ、盛大に明かりを灯して彼等の為に宴会を催していた。
 ユディトは館に近付くとまずはこっそりと蔵に忍び寄り、人目の無いことを確認してからすべての葡萄酒樽に街から持参した大麻の粉を大量に振り入れた。精製した白い粉がぶくぶくと泡立ち、暗い樽の底へとゆっくりと沈んでいくのを確認してから、ユディトは身支度を整えて蔵をすり抜け、アッシリア兵のもとへ進み出ていった。

「私はベツレムから抜け出して参りました、ユディトと申します」近付いていった二名のアッシリア兵の顔が険しくなる前に、ユディトは急いでそっと相手の掌にエメラルドの高価なブローチを滑り込ませながら言った。
「ベツレムの街が陥落するのは時間の問題でしょう。ですがかの地の路地は入り組み、馬を降りての市街戦ともなればいかに強力なアッシリアの軍といえど苦戦することは目に見えています。私は街の地理に詳しいですし、込み入った道の有り様なども覚えております。将軍にお目もじすれば必ずやお役に立てると存じやって参りました」
 手渡した金品が効いたのか、ユディトの燃えるような美しい瞳に魅入られたか、兵士二人はゆらりと傾いだようにうなづくとユディトの手を取り、幕営深くまで彼女を導いていった。




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