ヘンゼルとグレーテル(Story)#2
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 夜が明けると、両親は子供達を森に連れていった。今回は大人達は子供達の手をしっかりと握り、子供達がおかしな目印を残さないよう見張りながら、ぐるぐると森の中を歩き回った。前回と同じようにたき火のそばに彼等を座らせると、言い訳もそこそこに山を下りていった。

 ヘンゼルとグレーテルは、泣きながら森の中をさまよい歩いた。
 日もすっかり落ち、遠くで狼の遠吠えが聞こえるたびにビクリと身をすくませ、兄妹二人で身を寄せあった。腹がすくと、目に付く木の実を片っ端からちぎって食べたが、どれも酸っぱくてまずく、口に入れるそばからペッペッと吐き出した。
 どれくらい歩いただろうか、幼い兄妹の疲労がピークに達し、二人の足の裏がじんじんと痺れてきたころ、妹のグレーテルがふと、前方を見つめながら、兄の服の端を引っ張った。
「あれはなぁに?なにか落ちてる」
 妹の声にふと立ち止まると、ヘンゼルは前方の落ち葉の間に、キラリと光る小さな何か、が落ちているのに気が付いた。
 なんだろう?近付いて拾い上げてみると、それはなんと、小石程の大きさの、つやつやと輝くジェリービーンズだった。それは目にも鮮やかな蛍光ピンク色をしていた。落ち葉を丁寧にはたき落とし、頭上に持ち上げて月の光にしげしげとかざして見ると、つるりとしたピンクの蛍光色は、指の間で魅惑的にキラリと光った。
 グレーテルが兄の挙動をこわごわと見守る中、ヘンゼルは恐る恐る、ピンク色に輝く小石ほどの物体を舌先に運んだ。
 久しく忘れていた甘味だった。ガリリと歯で噛み砕くと中からねっとりとしたゼリーが溶け出し、あっという間に舌の上で溶けてなくなる。うっとりとするような美味しさだった。
「これは本物だよ!」ヘンゼルが叫ぶと、グレーテルも兄の手元を覗き込みながら残った小片をかじりとり、その後二人は夢中になって落ち葉の間を見回した。
 良く見ると、ジェリービーンズは道の先々に点々と落ちている。どれも目にも鮮やかな蛍光色をしていて、まるでその所在を自ら主張するかのように、月の光を反射してキラキラと輝いていた。むらさきのやつや、ピンクのやつ。きみどりのやつとか、ここにも、そこにも。
 ヘンゼルとグレーテルは疲れも忘れ、夢中になって色とりどりのお菓子を拾い集めた。そしていつのまにか、森の奥へ、奥へと分け入っていった。

 気が付くと、二人は奇妙な形の小さな家の前に立っていた。そこは森の中でぽかりと空き地になっており、所々に点在する木々の梢がさわさわと無気味に蠢いていた。
 その家は、煙突からあまぁい香りのする煙を出していた。屋根は固焼きパンで葺かれており、壁はふわふわのスポンジケーキ、そしてなんと、ドアはとろけそうなチョコレートで出来ていた。(→イメージイラスト
「すげぇ」まっ先に声を出したのはヘンゼルだった。「お菓子のいえだ!」
 ヘンゼルは勇猛果敢に目の前の家に挑みかかった。彼はまず、壁のスポンジケーキをむしり取った。ケーキはチョコ味で、薄くスライスして積み重ねた間にホイップした生クリームが塗られており、縦じまの層になっていた。ヘンゼルは両手いっぱいにスポンジケーキを抱え、顔をうずめるようにしてむしゃむしゃと食べた。
 最初はおそるおそる様子を見ていたグレーテルも、夢中になってケーキを食べている兄を見て段々と大胆になり、チョコレートのドアに近付くと端をポキリと折って口に入れてみた。茶褐色のチョコレートはどこまでも甘く、ねっとりと溶けて歯茎と舌の間に広がった。グレーテルはその味に陶然となって立ちすくみ、目を閉じて小片が口の中で溶けていく様を味わった。自分でも気付かないうちに手がまたもやドアに伸び、もうひとかけ、もうひとかけと目の前にある板を折り取っていった。
 二人は夢中になって食べた。いくら食べてもお菓子はちっともお腹のなかで膨らまず、かえって逆に食欲や空腹感がいや増すような気すらした。もっと食べたい。もっと。もっと。もっと。
 ふいに、背後で人の気配がして、カサリと落ち葉が踏まれる音がした。二人が振り向こうとしたその瞬間に、ゴツンと鈍い音がして、後頭部に何か固く重いものが振り落とされた。ヘンゼルとグレーテルは音もなくばったりと倒れ、何者かに足首を持たれてずるずると引きずられていった。

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