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2007-09-10

_ *[番外編]ふたりめ出産体験記

_ タロウを出産したときは、胎児の心拍数が落ちて緊急の手術となったため、覚悟がまったくできておらず。手術室でパニクってしまって心拍数があがりまくり、強制的に眠らされてしまうというナサケナイ顛末だった私。

一度帝王切開手術をすると、普通分娩は危険性が伴うため、次の出産も帝王切開手術であるらしい。
どうせ受けるのであれば、今回こそは!
落ち着いて、眠らずに。出産の一部始終を当事者として体験したい。と、強く思っていました。


_ ●8月29日

手術日前日。この日から入院でした。
手術室から担当看護婦が病室にやってきて、手術についての細かい手順の説明を受ける。
点滴を受ける手順、麻酔の手順、ストレッチャーの乗り方、うんぬん。だいたい了解。

しかし、説明だのなんだのの雑務?のほかは、この日は暇で・・・なんせ体調は良好で、手術前の健康体だし、ひとりなんの治療もないから手持ち無沙汰なのです!
地元在住の友人に、ヒマだよー遊びに来てーとメールし、会社帰りに来てもらうw
病室でダベっていると、麻酔医がやってきました。手術の説明にやってきました、とのこと。
この麻酔医の風貌は、ヒゲもじゃもじゃ、頭モジャモジャ。まるで一昔前、「電波少年」に出てきたナスビみたいなヒト(笑) 一瞬ぎょっとしましたが、話してみると大変気さくで、好感の持てる先生でした。
先生に、また麻酔方法についての説明を受けたあと、「なにか不安なことはありますか」と聞かれたので、ここぞとばかりに、前回の手術の際の顛末と、「意識はぜひとも保っていたいんです!」と力説。
眠らせるかどうかの判断は、手術の際のその場の判断になるけれども、できるだけ希望に添えるようにしましょうね、とのこと。

そのうち、ふと先生が
「上にお子さんがいらっしゃるんですか?」と聞いてきました。
そうなんです、と答えると、
「今はどなたが見ていらっしゃるんですか」
「今は主人が」
「おいくつなんですか」
「主人はことし36で・・・」

_ その場にいた全員が噴出してました(^^;

_ 「いえ、あの、お子さんの年齢。」

「あ、子供は今3歳です・・・」と私。

_ 先生が病室を出たあと、友人に「アンタ今からすでにテンパってるんじゃないのー!?」と笑われる。そ、そうかね。恥ずかしかったです。

_ ともあれ、明日は無事に冷静にいられますように!

夜は、明日の手術室で行われるであろうシチュエーションのイメージトレーニング、それから、意識を外に飛ばすための瞑想のトレーニングをしつつ。眠りにつきました。

うまくいきますように。ドキドキ。


_ ●8月30日

いよいよ当日。

手術は朝イチで行われるとのことだったので、家族には8時半までに病室に来てねと伝えておきました。

朝6時から看護師がやってきて、バリカンでばりばりっと剃毛。あと、浣腸。そのあと、点滴。

やがて家族が揃い、看護師が「そろそろ移動します」とやってきました。

ベッドに横たわったまま、ガラゴロと移動。上を向いて、ベッドから病院の天井が流れていく様を見ると・・・いよいよって感じがするのだわ。

エレベーターで移動し、移動用ストレッチャーに移る。

この移動用ストレッチャーなるもの、座面(というのかな、寝るところ)が平行移動して、ベッドからベッドに人間が最小限の労力で移れるようになっており、今はこんなのがあるんだーと面白かったです。看護師がみんなでうんとこしょ、と患者を抱えなくていいんですね。

移動用ストレッチャーにいったん移ったあと、手術台に移動。

看護師さんたちと一緒にナスビ先生もやってきて、「じゃぁ、背中を出して丸まってください」と。

_ いよいよなのだわ。「これから痛み止めの麻酔をしまーす。ちょっと痛いですよ」

そう、これが痛いのだった。背中の真ん中の骨に針が刺さる、ゴンゴンとした感覚。意識的に口から息をふーー、と吐いて痛みを逃してみる。

「大丈夫ですか?」と看護士さん。「はい、今のところ大丈夫」

心拍数も、85くらいだったような。平静とはいかないまでも、我ながらまぁまぁ落ち着いているみたいです。

その後、麻酔の注射。

私の記憶では、この後の注射も、ものごっつい痛かったような気がするのですが、あれ? 今回はそんなに痛くない。

だいたいの処置が終わって仰向けに寝かされたあと、「あまり痛くなかったです」と執刀担当の先生に言うと、「(ナスビ先生を目で見て)彼のおかげですよ」みたいなことを言っていました。ナスビ先生、腕がいいんじゃん!(笑)

当の先生は「(神経にあたらなかったのは)運が良かったんですよ」とのことでしたが。

どうやら、注射の際、神経にあたるかあたらないかで、痛さが変わるみたい、です。じゃぁ、前回はアンラッキーだったのかなぁ。ともあれ、痛くなくてよかった。

_ その後、「これ、痛いですか?」「これ、冷たいですか?」と麻酔がきいてるかどうかのチェックが入る。前回は「なんだかまだ痛いようなきがしますぅ〜〜!!」って言いながらパニックになってしまったのですが。

しかしまだ左足のほうが、効きが弱いような気がする。ということを伝えたところ、「わかりました」と薬の量を調整してくれたのかどうか?わかりませんが、じっくりと待ってくれて、私は結構落ち着いて対処できました。

_ パニックにならないように、いざとなったら、宇宙や海の中へ意識を飛ばすイメージトレーニングをしていたのですが(笑) 特にそのような必要もなく。

やがて、ワラワラと担当の先生方が集まり、私の顔の前にも緑の布がかけられ。執刀医の「じゃぁ、はじめまーす」の声も、落ち着いて聞くことができました。

_ うん、なんだか下腹部を切ってるみたい。大丈夫、痛くない。(痛かったら大変だが)

そーいえば、「動物のお医者さん」で、菱沼さんが自分の盲腸の手術を、頭上のライト(に反射される像)を通して見物していたというエピソードがあったけれど。
あいにく、私の頭上からは、緑の布が邪魔で、ライトに患部が映ってるかどうかも確認できませんでした。見えたら面白かったのになぁ、なんて思いつつ。
しかし執刀医の先生方の声は聞こえたので、彼らのやり取りをなんとなく聞いていると、ナスビ先生が私の頭近くにやってきて、話し相手になってくれました。
「息子さんは、今待ってるんですか?」「はい」
「上のお子さんは赤ちゃんがえりとか、するって言いますよね」
「あーもう今から、ちょっとしてるかもですー」
「今、子宮切ってますよ」「あ、そうですか?」など。まったりと話していましたが。

そのうち、「お腹、のりまーす!」と、執刀助手先生の声。
とともに、お腹にぐぐーーっと、圧力がかかりました。
「頭、頭!!」「こっちにもってきて!」と、緊迫した声のやりとりのあと、しばらくして・・

おぎゃー!!

_ と、産声があがりました。

_ 「おめでとうございます、女の子ですよ!」と看護師。

ちょっと、うるっときました。やっぱり、この瞬間は、感動!

ナマで体験できてよかった(笑)

_ そうか、女の子だったかー。実は、性別が最後の検診まで確定できなかったのです。

看護師さんが、枕元まで、赤ちゃんをもってきてくれました。

「今、洗いますからね」とのこと。

「あ、洗わなくていいですー!もっと見せてー!」と言ったのですが、そういうわけにもいかなかったらしく(^^;

看護師が赤子を持って私の視界から去ろうとしましたが、ナスビ先生が

「あ、ほら、あそこの台を見てください。あそこで洗浄しますよ」

と、私の首の上の布をめくり、近くにあった移動式の洗浄台を覗けるようにしてくれました。

見ていると、赤ちゃんの鼻にチューブが入り、何かを吸引している様子。フンギャァァァと元気良く泣いている様子。

「ちょっと、いじめてるみたいですけどねー、ああやって泣けば一安心ですよ」と、ナスビ先生。

_ 洗浄後、看護師さんが「ほら、きれいになりましたよー」と、私の顔の近くに連れてきてくれました。

かわいい・・・! よく頑張って、出てきてくれたね。

私が感動していると、看護士さんが「はい、おかあさんとちゅー!」と、私の口元に赤ちゃんの顔を近づけてくれました。 嬉しくなって、熱くチュー(笑)

その後、別の看護師さんがカメラを持ってきてくれて、記念撮影しました。

_ 一息ついて、赤子は新生児室へ。

手術は縫合作業に入ったようでした。そのうち、「子宮をもとに戻しますよー」との声。
うぐっ・・・・なんだか、お腹の中になにかが押し込まれた感じ。
そのあとしばらくして、下腹部にずーーんとした鈍痛を感じました。一回だけでなく、定期的に頻回訪れる。
その旨を訴えると、「ああ、子宮収縮がはじまりましたね、痛み止めを入れましょう」とナスビ先生。
どうやら痛み止めの作用らしく、意識がなんとなくモーローとしはじめる。
モーローとした頭で、先生方や看護師さんたちの会話を聞くのも心地よく。ぼーっと聞いていましたが、そのうち、横の看護師さんが、私の枕元にいた麻酔助手の先生に
「先生、点滴きれますので次のを」と言いました。
が、助手先生、反応が鈍く。そうこうするうちに、私の点滴液がもうなくなってしまったようで、しかも針の刺し口から血が逆流してきているー!
私、焦って
「センセー!点滴がー。血が逆流してマスー」
と訴えてしまいました。
「あ、ハイ」と助手先生はすぐに対応してくれましたが。
そののち、痛みがまた強くなったので追加の鎮痛剤を入れてもらい、またモーローとしてましたが、なんとか意識をたもちつつ。手術が終了しました。

_ 「はい、終了ですー」と、私に掛けられてあった緑の布がパタパタと取り払われ、先生や看護師さんに囲まれ。

「ずっと起きてたんですか!?」 と、先生方には驚かれたみたいです。「そんなヒトも珍しいですねー」

「まぁ、手術中はだいたいこんな感じですよ」と、ナスビ先生。

そこへ先ほどの助手先生が枕元にやってきて、

「先ほどは、心配させてしまって。すみませんでした」「いえいえ、そんな・・大丈夫です」

こちらこそ、ウルサイ患者で、すいませんでした。

_ その後、ストレッチャーに乗り、手術室でしばらく待機。してましたが・・この待機時間がえらく長く。

「もう、家族は赤ちゃんに対面してるんですかねー」

「そう思いますよ」、と執刀医の先生。(実はそうではなく、家族はずっと待たされていたらしい)

「早く仲間にはいりたいー」

などといいつつ。

家族の元に戻ったのは、手術開始から2時間後でした。


_ ●8月29日(後半・術後)

家族とつかの間の喜びの再会をしたあと。

私は回復室と呼ばれる、病室とは別の隔離室に運ばれました。

ここで、心拍数などのモニターをつけ、術後の回復を見るらしいです。

左手には点滴がうたれ、右手の指先には心拍数のモニターをつけられ、下半身は麻痺状態で。

ほぼ身動きとれない状態でしたが、右手のモニターが外れてから、看護師さんが赤ちゃんを連れてきました。

「オッパイ飲ませましょう」

看護師さんに手伝ってもらって、初乳。

最初はなかなかうまく乳首が口に入りませんでしたが、やっぱり赤子の本能なのか。最後はふがーっとかぶりつき、オッパイを吸っていました。カワイイ・・・!

オッパイを吸わせたあとも、しばらくずっと一緒に寝ていました。赤子のぬくもりが、幸せを感じさせます。


しかし、下半身はまったくいうことを聞かないし、左手は点滴が入っていて力が入らないし。ほぼ動かせるのは右手だけ、の状態で。
身体の節々が床ずれ状態で痛いので、向きを変えたりしたいのですが、看護師さんをたびたび呼んで身体の向きを変えてもらっても、どーも今ひとつしっくり来ない。痛い。
術後は、身体が不自由な人の、じれったさ、不自由さが、身にしみて実感できました;
身体が自由に動かせないって、本当に不便っ!!
そんな状態でオッパイをあげたり、していたのですが。半身麻痺の人が子供を産んだ、なんていう話をテレビで以前見たりしたよなぁ。なんて、つれづれ思い出したりしていました。あれって本当にすごいことだったんだ・・・なんて。
ここは、根性だ!と気合を入れて、自由の利く右手だけで上半身の向きを変えたり、していたのですが。そんなことをしていたので、右手が、上がらないくらいに痛くなってきてしまいました。
そんな状態で、携帯でブログ更新したのですが・・・、携帯を持つのも辛いくらい! こんなこと、初めてでした。 
携帯に、粘土素材で出来たちょっと重めのストラップをつけていたのですが、そのストラップすら憎く思えてしまったくらい(笑) 
憎い、このストラップが憎い・・・! 震える手でストラップを外しましたがね。

しかし、節々が痛いし。術後の興奮か?なかなか眠れないし。足の麻痺はなかなか回復しないし。(右より左の回復が遅かったです。これも麻酔の効きの問題なのでしょうか)
長い夜でした。 ずっと麻痺が回復しないんじゃないか、という一抹の不安を抱きつつ。時間が解決するはずだわ、と自分に言い聞かせ。
途中、ちょっとしんどくなったので、赤ちゃんは新生児室に引き取ってもらいました。


_ ●8月30日

寝付けない、長い夜が明け。

うとうととした眠りから覚めた、翌朝。

左足にまだ麻痺が残るものの、右足はもうだいぶ自由が利くし、昨日よりずっと状況はよくなっていました。

意識だけは元気なのに、身体のあまりの自由の利かなさに。もしかしてずっとこのままなんじゃないかという、一抹の焦りもあったのですが、あー、時間が解決するんだとほっと一安心。

早速ベットを起こして、座っていると(この姿勢が取れるだけで嬉しい)、看護師さんが白湯を持ってきてくれました。担当医の先生を見かけたので挨拶すると「元気ですねぇ!」と言われました。いや、もう、ようようやっとなのですが・・;

_ 身体にはその時点で、股間に尿管、左手に点滴、背中に痛み止めのチューブが入っていたのですが、背中のチューブは、もう薬がなくなったので、朝9時の先生の回診が来たら抜いてもらいましょう、ということになる。

9時が待ち遠しく感じられましたが、やっと先生がやってきて、抜いてもらう。あーこれでだいぶラクー。管が抜かれるとほっとします。

尿管はいつ抜いてもらえるんですか、と聞くと、歩いてからですね。と言われ。じゃぁ今から歩けます!と言うと

「ここ(回復室)では歩けないんですよ(点滴の固定の問題で)。まぁ、もうちょっと我慢してください」といわれる。

_ 数時間後、待望の個室移動。

移動した瞬間に待ちかねたようにナースコールを押し、「歩きますぅー」と自己申告。

点滴をベットの固定用スタンドから、移動用のスタンドに移し変えてもらって、看護師の立会いのもと、うろうろと部屋の中を自主トレしてました。

まだ、傷も痛むし、麻痺も残るので、よたよたと亀のような歩みしか出来ませんでしたが、歩けるというだけで。身体の痛みが取れるし、喜びを感じます。

尿管も抜いてもらって、だいぶすっきりしました。

_ しばらくの自主トレのあと。いてもたってもいられなくなってきたので、新生児室まで遠征に行く。

ヨタヨタと到着。「すいませーん、赤ちゃんくださいー」
数時間ぶりの再会。うう、かわいい。この顔を見ると癒されます。
オッパイをあげたりしているうちに、お昼になり。ダンナとタロウが面会にやってきました。

昨日は、家族はちらりと赤ちゃんを見せてもらっただけだったそうですが、今日ははじめてじっくりと、間近で赤ちゃんと対面です。
タロウの反応が気になりましたが、案外殊勝な態度で、おっかなびっくりと接していました。
「あかちゃん、かわいいねー!」
「(足が)ぶどうみたいだねー!」

_ 私のお腹がペタンコになったので、傷をかばいながらでしたが、久しぶりにタロウをぎゅうっと抱きしめたのでした。

_ 。。。


_ タロウを出産したときは、これまであまり子供に興味がなかったにもかかわらず、生まれ出てきた息子を見た瞬間に、母性愛がバクハツしてしまった私。

二人目を生んだら、どーなるんだろう。自分のなかでも未知数でした。
上の子を想う気持ちが、薄れてしまうのか。二人に対する、愛情配分に、問題は生じないのか。
なんせ、経験したことない事態なので。やってみないと、自分の気持ちがどうなるか、わからないなぁと思っていました。

で、二人目を出産して思ったことは。
以前と比べて、赤子の可愛さはすでに分かっていたので、前回ほどのインパクトはなかったかもしれません。(なんせ、タロウを産む前は、自分が子供を育てることすら想像できなかったものですから)
でも、前回と違って、自分の出産シーンをリアルタイムに「体感」することができて、赤子がこの世に生まれてきた、その瞬間に立ち会うことができたということ。それは何よりも換えがたい、感動でした。ほんとに、さいしょの産声を聞いた瞬間は、泣きそうになりました。

それから、上の子と下の子、兄妹仲良くしてほしいなと。
ちまたに溢れる不幸なニュースのように、きょうだいが将来いがみあったり、憎しみあったりしたら、私は心底悲しい。って、考えすぎなのかもしれませんが。
「きょうだい仲良く」というのは、親の教えとしてよく言われることですが、それは親の本心なのだなぁーとしみじみと感じたのでした。だって、双方愛しいのですもの!!

ま、これから先、未体験の女児育児。兄妹でどのよーな関係を築いていくのか。わかりませんが。
なんにせよ、二回目の育児、楽しみたいと思っております。

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